「あ、おいひい。アタシ、お腹ぺこぺこで動けなかったんだよね〜。」
ムーンサルト特製の、手持ちの食料と水と、調達してきた食べれる草や小振りなトマトを使って作ったスープで、 分け与えられ乾パンをふやかして食べながら、少女は幸せそうに口元を緩める。
夜。ムーンサルトとクロミヤと少女の3人は、テントの近くで焚き火をしながら、夕食をとっていた。
バッグをあさっていたことに気付かれた後、というよりもむしろ直後。クロミヤと少女は口論になった。
しかし、日が本格的に暮れてきたので、続きは成り行き上夕食を食べながら、ということになったのだった。
だからそろそろまた……
「で、さっきの話の続きだが。」
最初に話を切り出したのは、クロミヤだった。
その一言で、場の雰囲気が一変する。ほんわかと和んでいたのが、張り詰めたような、真剣なものに。
「ええ、そうね。決着をつけるべきよね。」
そして、口論の火蓋は切って落とされた。
「カンショはスイートポテトの方が…」
「いーや焼き芋にした方が…」
「なぜそこでイモの話ぃいい!!!
なに、お前ら。まさか最初からカンショ(注:サツマイモのこと)の話で盛り上がっちゃってたワケ。
あの、バッグ奪ってこうとした件じゃなくて!?」
ムーンサルトの激しい動揺に、クロミヤと少女はさも当然とばかりにコクコクと頷く。
「俺たちは最初からカンショの話してましたが。」
「うわ、うっわ。バッグの話とか時代遅れだしー。」
「いや、時代遅れって…」
しかしムーンサルトの言葉は無視の方向で、2人はさっさとイモの口論に戻ってしまう。
俺、こいつらの話題についていけない、とムーンサルトはしみじみ思うのだった。

     ◇     ◇     ◇

夕食も食べ終え、クロミヤと少女のカンショの調理方法についての口論がさらに白熱してきた頃。
「ちょっと、まずったか……」
周囲を見回し、ムーンサルトは人知れず体を緊張させていた。
夜、スープの匂いに、騒がしい声。おまけに焚き火までしているというのは、さすがに存在感をアピールしすぎていたか。
「いやー、俺くらいの盗賊業界のビッグが一緒だと、顔パスで見逃してくれると思ったんだけどなー。」
囲まれている。気配や見た感じで、ざっと6人くらいはいる。
しかし、脅威はそちらではない。彼等の背後。月を背に立つ、闇より暗い、寸胴の影。
「なぁ、知ってるか、こんな話。」
ムーンサルトは、クロミヤと少女に問いかける。2人とも、なにか文句を言おうと口を開く。
が、声は出さず、すぐまた口を閉じる。それほどムーンサルトの顔は、いつになく真剣だったのだ。
「最近この付近では、よく旅人や商人が見境なく襲われて、身包み全部持ってかれちまってるらしいぜ。
音も無く、闇夜に紛れ、訪れる、そいつらからは逃れられない、とか言われてたっけ。巨大盗賊集団『猛獣の爪<ウンゲーゴ>』――」
と、ここでムーンサルトはさっと手元にあった適当な石を引っ掴んだ。
「んで、お前らそこの団員だよ、なっ!!」
ブンッと、ムーンサルトは石を投げた。一番近くにいたウンゲーゴの団員に向かって。
直後、ゴツンという悲痛な音と、ドサッという何かが倒れた音が返ってくる。
見事的中。まさか、こうもあっさり当たるとは思っていなかったのだが。
ここで、ウンゲーゴの他の連中がざわめき始め、彼らの存在にクロミヤと少女が気付く。
「え、うそ、囲まれちゃってる!?」
「うおっ!マジですか。」
「ちょ、ちょっと、アンタ、勇者ならなんとかしなさいよ!」
「え、なんで俺が勇者だって…」
「そんなの剣見ればわかるわよ!!」
2人の会話を聞いて、ざわめき始めていたウンゲーゴの連中が急にきょとんとした顔になる。
それにクロミヤは顔をしかめて。
「あ"ーぁ。なんか盛り上がりに欠ける正体の明かされ方っすねぇ。」
ため息をつき、頭をポリポリと掻きながら、すくっとクロミヤは立ち上がった。
その手には、鞘に収まった錆びた剣――もとい伝説の剣。ウンゲーゴの連中が、ザッと後ろに退く。
「いいか、よーく見てな。」
声を張り上げ言ってから、徐々に姿勢を低くしてゆく。
クロミヤのその様は、さっきまでイモだのなんだのと無駄な論争をしていた姿とは、まるで別人のようだった。
そしてクロミヤは右手で剣の柄を握ると、
「新生勇者クロミヤ様とは俺の…」
勢いよく剣を、
「俺、のっ!」
勢いよく剣を引き抜……
「ぬ、抜けねぇぞおい!!」
抜けなかった。びくともしなかった。
確かに、伝説の剣は柄から刃まで錆びきってしまっていて、当然のことながら常人には抜けない。
しかし、勇者にだけは抜ける仕様になっているはずなのだが。てか、実際、王都でクロミヤは見事、剣を抜き放って見せたのだが。
「おいおいクロミヤ、こんな時に冗談言ってる場合じゃ…」
「冗談ぬきで!このっ!ぬ・け・ろ〜〜〜!!」
「なにがなんだかわけが分からんが、この期を逃すな。3人とも捕らえろ。トロールも放てっ!」
ここで、ウルゲーゴの連中が動き出す。
3人がムーンサルト、クロミヤ、少女に向かって走り、 残る一人が寸胴の、3mくらいの背丈のある巨大な人型のモンスター『巨人族<トロール>』をつないでいた鎖を外そうとしている。
トロールは、知能は低いが力は強く体も大きい。なるほど、普通の旅人や商人が、あっさり降参するわけだ。
「やれやれ、結局、同族に襲われるハメになるとはねぇ。」
ムーンサルトはため息をつくと、腰の鞘からナイフを引き抜いた。
「おい、クロミヤ。時間稼いどいてやるから、さっさと剣抜けよ。」
言ってムーンサルトは、背後から繰り出された拳打を、上体を右足を軸に体を回転させて避ける。
その回転の力を利用して相手の方を向き直り、さらには懐に潜り込んだ。
そして右手に持ったナイフを逆手に持つと、相手のウンゲーゴ団員が反応するよりも早く、ナイフの柄頭を相手のみぞおちに埋めた。
短い呻き声を上げ、相手がこちらに倒れこんでくる前に素早く身を引くと、ムーンサルトはクロミヤたちの方を振り向いた。
そこでは2人が、それぞれの武器を携えてちゃんと応戦していた。いや、少女の方は、武器、なのだろうか。
「いや、何故フライパンで応戦!?」
それに少女は世界の常識だと言わんばかりの顔で。
「だって武器だもん。」
あ、はい。そうですか。武器ですか。
「それよりムーンサルト。ちゃんと応戦しろ。時間稼いどくっつったのはどこの誰ですか。」
今だ鞘に収まったままの剣をメチャクチャに振り回しながらクロミヤが言った。
「うおっと、悪かった。」
ムーンサルトは焚き火を飛び越えて、クロミヤとピピコの間に着地すると、ウンゲーゴの団員を2人まとめて相手しようと構えた。
しかし、その2人の団員は、こちらに背を向けると、いそいそと後退し始めた。
「おお!アタシに恐れをなして逃げちゃったのかな?」
「馬鹿ですか。」
やれやれと大袈裟にため息をつくクロミヤ。
「俺の剣技に恐れをなして逃げたんだよ。」
「いや、お前鞘入ったまんまの剣ブン回してただけだろっ!!
違う違う。問題はあっちだ。」
ムーンサルトは前方を指差した。
するとそこには、鎖から解放され暴れまわるトロールを必死でなだめているウンゲーゴ団員たちの姿があるわけで。
「トロールって見境ねぇかならな。」
「自滅ですか。」
「馬鹿だね。」
わーぎゃーと慌てふためいている情けないウンゲーゴ団員たち。
その哀れな姿を3人揃って冷ややかな目で観察しながら、その時、何かを思い出したかのように少女が言った。
「これってチャンスじゃん。」
「チャンスですか?」
「そう。今のうちにアンタが剣抜いちゃって、それであのトロールを追っ払って、 あいつらから礼金という名目で有り金ぜーんぶもらっちゃえばいいじゃん。」
「あ、それいいっすね。」
「賊から金とる気かよ!?」
思わず、ムーンサルトは声を荒げた。
しかし少女もクロミヤも、さも当然というような顔で首を傾げる。
「だって賊なら今日盗んだお金持ってそうじゃん。」
「いいじゃないっすか。礼金なんですから。」
この瞬間、盗賊ムーンサルトが自分の身の危険を感じたのは、言うまでもなかった。


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