「とまぁ礼金は強奪するとして…」
そこでクロミヤは2人の仲間にちらりと目をやり。
「どうやってこの剣を抜くんですか?」
『いや聞かれても。』
ムーンサルトと少女は同時に言った。
「特にムーンサルト。王都で俺が剣を抜く瞬間を、バッチリシッカリクッキリその目で見てたんですよねぇ?」
「覚えてねーよ普通は。俺が抜いたわけじゃああるまいし。」
「チッ、使えねーヤツ。」
「お前が言うな!」
とかなんとか不毛な会話をしている間にも、トロールがまた一人、また一人と、ウンゲーゴの団員を殴り飛ばしてゆく。
「ちょ、ちょっとあんたたち、なんでもいいからとっとと思い出しなさいよ!」
「知るか。忘れたモンは忘れた。」
『お前が最初に諦めんな!』
ムーンサルトと少女の心がまたもや通じ合った瞬間だった。
しかし、言われた当のクロミヤに、悪びれた様子など全くない。
「忘れたモンは仕方ないですし、別の方法を…」
いつもどおりのあっけらかんとした態度で、仕舞いにはこんなことまで言い出してしまう。
それに、ムーンサルトは大仰にため息をついてみせて、一言。
「いいのか。伝説の剣が抜けなかったせいで死んだおマヌケ勇者として、歴史に名を残しても。」
刹那、クロミヤの余裕綽綽しゃくしゃくだった表情が、ちょっとだけ曇った。…ように見えたのだが。
「俺ほどの剣の腕があれば、剣が抜けようが抜けまいがズッパーンですって。ラスボスズッパーン。」
「ラスボスの前に現状考えろ!!」
前言撤回。クロミヤは余裕綽綽自信過剰マイペースのままだった。
いやむしろ、クロミヤの表情が曇ったとか一瞬でも思った自分が馬鹿にさえ思えてきた!
と、そのとき。
「あぎゃー!」
という月並みな悲鳴が上がる。見ると、丁度ウンゲーゴ団員の最後の一人が、トロールに殴り飛ばされて倒れ伏したところだった。
「おおっ!戦わずして団員やっつけちゃったね!」
「礼金という名目を使わなくても、これで遠慮なく奴らの懐を漁れますね。」
などと、クロミヤと少女はなんだか盛り上がっているが。
これはまずいな。
ムーンサルトは内心舌打ちしていた。
目の前に動く敵がいなくなった。となると、次にトロールが向かってくるのは間違いなくこっちだろう。
なのに、俺たちはまだなんの対策も練れていないワケだ。
「顔蒼いですよ。大丈夫か?」
「てか、どーしてそうお前は余裕なワケ!?
これ、どー見たって状況悪いっしょ!!」
「ええそうですよ。でも、だからって焦っても仕方ないだろ!」
クロミヤが思いっきり叫んだときだった。トロールがギロリとこちらを睨みつけてきたのだ。
「ほら、ムーンサルトが叫ぶからですよ。」
「いや、今のは明らかお前っしょ!」
「でもほら、ムーンサルトって声ムダにでかいじゃん。」
「結局俺のせいになっちゃうワケ!」
などと、他愛の無い会話をしつつも、トロールの様子を窺いながら、3人はじわりじわりと後ずさりをし始めて。
刹那、3人は踵を返すと、一目散に走り始めた!
ずしんずしんという地鳴りのような足音が後を追ってくる。後ろを振り向かずとも分かる。…トロールだ。
「3手に分かれますか?」
「おう、それ名案。三兎を追う者は一兎をも得ずってか。」
「……1、2、3、で分かれますよ。」
馬鹿にされたとでも思ったのか、早口に言うと、顔を曇らせたクロミヤはフイッとそっぽを向いてしまった。
いや、別に馬鹿にしたつもりはなかったワケで。いや、むしろ本気でそう思ったというか…
「いちにいさんハイっ」
「てかクロミヤ数えるの早ッ!」
というムーンサルトのツッコミは見事に無視されてしまったが。
ムーンサルトは右、クロミヤは左、少女はそのまま真ん中をと、それぞれがそれぞれの方向に走った。それも、全速力に近いスピードで…。



分かれるタイミングはバッチリだった。これで、トロールが誰を追うか迷って止まるかスピードを緩めるかしてくれれば、見事に狙い的中だ。
クロミヤは、ちらりとトロールを見た。しかし、世の中そんなに上手い事いくわけがなかった。
「………」
トロールは、迷いもせずに少女の後を追っていた。そしてそれは、最悪の結果だった。少女の足では、トロールを振り切ることはできなのだから。
クロミヤはスピードを殺さないように、大きく回りこむようにして曲がると、少女の方へと走った!
だがしかし、思うようにスピードがでない。
少女とトロールとの距離は、徐々に、しかし確実に詰まってゆくというのに、クロミヤと少女との距離は、まるで離れていくようにすら見える。
走ることには、それなりに自信があったはずなのだが。
「……クソッ!」
しかし、クロミヤは諦めなかった。上体を低く沈め、イチかバチか、ちょっとでも気を抜けばこけてしまいそうなスピードに加速する。
…それでも、この距離ではきっと間に合わない。これじゃあ駄目だ。ならどうする。どうすればいい。
咄嗟にクロミヤは手を伸ばした。前にではない。地面に向かって!
そして手に当たった手ごろなサイズの石を掴むと、それをトロールに思いっきり投げつけた!
石を投げた反動で、バランスを崩し、クロミヤは前へとつんのめった。それでも、自分が投げた石から目を離さない。
「どうだっ!?」
キレイな放物線を描いて石は飛んでゆく。方向は完璧だった。しかし、それはトロールに直撃する前に、地面に激突してしまい。
それにクロミヤは――クロミヤは、自分の力の至らなさを呪った……



音が近づく。ズシン、ズシンという、地鳴りのような音が近づく。
なんでこっちくるのぉ〜〜〜〜〜と、心の中で叫びながら、少女は全力で走っていた。肺がズキズキと痛む。足も痛い。もう嫌だ。走りたくない。
それでも少女は走った。こんな所で死にたくなかった。それに、それに折角できたんだから。折角、友達ができたんだから!
いや、向こうは何とも思ってないかもしれないけれど。遇ってからまだ一日も経ってないけれど。
それでも少女にとって2人は、やっとできた、友達だったのだ。
だから、少女は走った。何度も何度も転びそうになりながら、それでも走った。
でも、追うトロールとの距離は、さらに詰まるばかり。
苦しい、苦しい。目に汗が入る。息が出来ない。もう駄目だ。ますますトロールが迫る!

もう走れない。――

ズシンという足音が、すぐ、真後ろに聞こえ ……

ドシャッ、という悲痛な音がした。



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