第二幕 勇者、矢に射られて死す!?
今日も今日とて、クロミヤ一行は街道にいた。
「あ〜つ〜い〜」
隣にたたずむ少女・ピピコが音をあげる。今日何度目だろうか。
「ま、確かに異常だわな。こりゃ。…じゃなくてだな、」
半歩先にいるムーサことムーンサルトも、ぱたぱたと手で風を送っている。
確かに、この暑さは異常だった。
ムーンサルトは普段着の上から薄手のコートを着て、クロミヤとピピコに至っては、
砂漠地帯を行くときのための、笠と白いマントで身を覆っている。
蒸し暑いが、陽光にチリチリと肌を焼かれるあの熱さよりはいくらかマシだ。
「ム〜サれる〜。」
「ムーサれますねー。きっとムーサのせいです。」
「はいはい。きっと俺のせいな。それよか…」
さらりと流すムーンサルトに、クロミヤとピピコは顔を見合わせ、口を尖らせる。
ここ数日、ムーンサルトはいつもこんな調子だから、からかいがいがない。
「……次の街まであと何時間ですかね?」
クロミヤは話題を変えた。
「だからちょっとは状況を……はいはい、てきぱき歩けばあと2、3日な。」
「2、3日も〜!水無くなっちゃうよぉ〜。」
ピピコが水筒を振る。パシャパシャと軽い音が鳴った。
「ま、夕方には『旅の宿』に着くから大丈夫っしょ。それよりも…」
ちなみに『旅の宿』というのは、人の少ない地方や、主要な街と街との間にある、
国と『商人連盟』という機関が共同管理する宿のことだ。
旅に必要な保存食なども取り揃えられていて、
なによりも、たいがいの『旅の宿』はオアシスや川の側などの水辺にあり、そこの水の管理もしていた。
つまり『旅の宿』で事情を説明して許可さえもらえば、タダもしくは格安で、清潔で安全な水を飲み放題、というわけだ。
「やったね〜!『旅の宿』ってアタシ初めてなんだ〜!!」
「もちろん、ソレこのまま平穏無事に進めばの話な!」
不思議なことを言うムーンサルト。クロミヤとピピコは首を捻る。
「大丈夫、大丈夫!今のところぜんっぜん問題ナシじゃん!」
「そうですよ。暑さで頭がやられましたか。いたって順調そのものじゃあないです…」
「サラリと無視してくれてんじゃねぇ!!」
野蛮な声が上がる。さっきからクロミヤたち三人を取り囲んでいる、特に屈強そうにも見えない、ただの盗賊どもから上がったものだ。
「あぁ、そういえばさっきから周りにいましたね、小蝿が。」
「小蝿扱いしてんじゃねえよ!なにナメきってくれちゃってんのコイツ!!」
「俺は犬猫みたいにお前らをペロペロ嘗めた覚えはないですが。」
「ペロペロキャンディみたいに言ってくれてんじゃねぇええ!!」
目の前の盗賊のそのツッコミに、クロミヤは驚愕した!
「……!!
そ、そんな叫ぶだけしか能のないツッコミ初めて聞きました。ムーサ以下ですね。外道ですね。
ペロペロキャンディとか安易で幼稚な例えすぎて笑っちゃいますね。」
そこで、さっきからクロミヤと会話していた目の前の盗賊が、顔を真っ赤にする。
「あ、もしかして、ペロペロキャンディの安易で幼稚な例えを挙げて、俺ナイスツッコミとか思ってたんですか?
馬鹿ですねぇ笑っちゃいますよねぇ、ピピコ。」
「……プッ」
目の前の特に強そうでもない盗賊から、プチッ、というなにか糸のようなものが切れる音がしたような気がした。
「あああアアアアア!!!!腹立つぅぅぅ〜〜〜〜〜!!!!
プッとか、女の子にプッとか笑われたああぁぁぁああああの余裕顔の男ちくしょおおおおオオオオオオオオオオ!!!!!」
ツッコミがいかしてない目の前の盗賊が発狂する。
「ほとんどの盗賊がこの程度なら、ムーサが盗賊団の頭になれたのも納得ですね。」
「クロミヤ、お前ちょっと刺激しすぎな。しかも今さりげなく俺のこと貶したっしょ。」
げんなりとしたムーンサルトが言う。
「刺激しすぎ?ムーサのこと含め事実を言ったまでですが。」
「………はぁ。」
ムーンサルトがため息をつく。わけがわからない。クロミヤは誰にともなく肩をすくめた。
「それで、俺たちに何の用があるワケ?」
ぐあーっ!とか、ぎゃー!とか、なおも発狂しつづける目の前の盗賊を無視して、ムーンサルトは声を張り上げた。
「前はよくもまぁやってくれたじゃねぇか。」
ムーンサルトと同じくらいの身長で、しかし、彼よりも体格のいい一人の盗賊が、発狂した盗賊に代わり一歩前へ出る。その顔には見覚えが…
「誰ですか?」
「ほら、あの巨人族<トロール>の騒ぎの時にいたウンなんちゃら団の…」
クロミヤはまじまじと、その体格のいい盗賊の顔を見た。やはりこの男に覚えはない。だが、トロールの騒ぎはしっかりと覚えている。
「確か、ウルゲーゴ盗賊団ですね。」
「ウンゲーゴだ。」
「ウルゲーゴの方がカッコいいと思いますが。」
「ウンゲーゴ、だ。」
いかつい顔をさらにいかつくするゴツい体格の盗賊。
ふと、この体格のいい男は、実力とそのいかつい顔と、盗賊団内ではどちらが有名なのか気になった。
本人に直接聞こうとしたら、ムーンサルトに手で制された。腹が立つ。
「何様のつもりですか。」
「いいから今は黙れ。一分でいいから黙れ。今度カンショの焼き芋作ってやるから。」
刺すようにムーンサルトがクロミヤを睨む。
クロミヤとしてはムーンサルトに従って黙るのはかなり癪だったが、とりあえず黙った。
クロミヤが黙ったことを確認して、ムーンサルトは体格のいい盗賊に向き直る。
「それで前より大人数で、こうしてわざわざ俺たちを取り囲んでるワケ?」
「そうだ、それもある。だが今回はお頭の命令だ。」
その言葉に、ピクリとムーンサルトの肩が揺れる。
「ほぅ。ヴァイパーの命令なワケ。」
ヴァイパー、クロミヤには聞きなれない名だった。
だが、そのヴァイパーとかいう奴が、ウンゲーゴ盗賊団の頭の名だということくらいはわかった。
そのヴァイパーとやらのウンゲーゴ盗賊団と、ムーサのルーナラルモ盗賊団とでは、規模は雲泥の差ですね。クロミヤは心の中で呟く。
「同じ盗賊の頭でも、ムーサとは雲泥の差ねぇ。」
「はい、ピピコも黙ってる!」
ナイスピピコ、とまたもやクロミヤは心の中で呟く。ついつい本当に言ってしまいそうで、黙ってるのもなかなか大変だ。
「それで、さっきから話の腰折られまくりなワケだけど、ヴァイパーからどんな命令を出されてるワケ?」
「ムーンサルト、お前を裏……」
鈍い音がして、体格のいい男の言葉が途切れる。
クロミヤにも、ピピコにも、他のウンゲーゴの盗賊団員たちにも、一体何が起こったのかわからなかった。
ただ、体格のいい男が倒れ、他2人の盗賊が倒れたあたりで、全員が慌しく動き始めた。
ムーンサルトだ。完全な不意打ちで、ムーンサルトが盗賊団員のみぞおちに、拳を叩き込んでいたのだ。
腹を押さえて、体格のいい男が顔を上げる。
「せ、説明の途中で殴りかかるだなんて、卑怯…」
またもや男の言葉が終わる前に、ゴンッという鈍い音が響く。ムーンサルトが、今度は男の頭を殴って昏倒させたのだ。
「人数と戦力的にこのくらいのハンデはいいしょ!」
再び気絶した男からは、もはや反論の声は上がらない。人数と戦力で見れば有利なはずの盗賊団員たちが、数歩引く。
中には、いつでも逃げれるように備えている盗賊や、すでに背を見せて逃げ出している盗賊すらいる始末だった。
盗賊は戦闘を好まない。特にウンゲーゴ盗賊団の戦闘方針は、弱い奴等を袋にしても、強い奴には関わるな、である。
つまり、リーダーシップをとっている奴を倒すか、一番強そうで戦意のある奴を倒すかすれば、ウンゲーゴ盗賊団員たちは簡単に戦意を失うのだ。
同じ盗賊家業に身を置くムーンサルトは、それをよく知っていた。
「クロミヤ、ピピコ、俺から離れるな!!」
とりあえず強そうで戦意のありそうな奴から順に倒す。
ムーンサルトは盗賊たちを睨め回しながら、じっくりと、後ずさる彼らとの間合いを詰めた。
「バカですねムーサは。」
暴れまわるムーンサルトを半眼で見詰めながら、クロミヤはつぶやいた。
「離れるなと言われても、近づいた瞬間殴られますね、あれじゃあ。」
後ろから不意打ちを仕掛けた盗賊を、しかし、そちらに視線を向けることすらなく蹴り飛ばすムーンサルトに、クロミヤは肩をすくめる。
「ねぇねぇ、することないし、あっちで待機してよーよ!」
ピピコが指差す方向に、背の低い岩があった。岩陰に座れば、少しは暑さをしのげそうだ。
「そうですね。ところで、今夜は昨日のページ当ての続きでもどうですか?」
「受けて立つよ!それよりさ……」
他愛もない雑談をしながら、クロミヤとピピコは岩陰に向かう。
このとき、ムーンサルトはもちろん、クロミヤもピピコも忘れていた。
あの男の存在を……
「さっきはよくも散々バカにしてくれちゃいましたねぇ…。」
クロミヤとピピコが座ってから暫くして、クロミヤに散々バカにされた盗賊が、2人の前に立ちふさがった。
後ろには、数名の盗賊を従えており、目は不気味に光っている。
「小蝿は黙っていてください。あと、そこからとっととどいてくれませんか。観戦の邪魔です。」
しかしクロミヤは、その盗賊の方すら見ずにピシャリと言った。今は小蝿ごときに構っているヒマはない。
どのタイミングでムーサが不意打ち食らって負けるかどうか、ピピコと賭けているのだ。ちなみに、負けた方は今晩の夕食の三分の一を……
「バカにしてくれてんじゃねぇ!!」
盗賊が吠えた。尋常ではないその声に驚いたのか、ピピコがビクッと肩を震わせる。
しかし、それでもクロミヤは気にすることなく、観戦を続ける。
「この、口先だけの小物男がッ!」
その言葉を聞いて、やっとクロミヤはその盗賊を見た。そいつは満足そうに、にやぁ、と笑った。その表情から、理性というものは感じられない。
「ね、ねぇクロミヤ、なんか、ヤバくない?」
ピピコが顔を引きつらせる。悪戯を諌められた子供のようだった。
しかし、ピピコとは対照的に、クロミヤはいつもの余裕を保っている。
「口先だけの小物男ですか。口先すらない小蝿男にだけは言われたくないですね。」
「口先すらない小蝿男、この俺様が?」
にやにやと危険な笑みを浮かべながら、理性の欠けた盗賊が得物の短剣をスラリと抜いた。
それに続いて、他の数名の盗賊もそれぞれの得物を構える。よく見れば、盗賊の数が増えている。
さては、ムーンサルトのところから逃げてきたのだろう。クロミヤとピピコは立ち上がる。
逃げようかとも思ったが、それよりも素早く、盗賊たちは2人の退路を断つ。
「うわっ、囲まれちゃったし!どーしよっ!」
「大丈夫ですよ。」
クロミヤは笑った。もちろんクロミヤは知らないが、このとき、
ピピコはクロミヤのいつもの余裕綽々の笑みを見て少なからず安心し、
盗賊たちは馬鹿にされたと腹を立てつつも、底知れぬクロミヤの笑みに、言い知れぬ不安を抱いていた。
「余裕です。」
「きょ、虚勢だ!」
先頭に立つ盗賊が吠えた。狂気に満ちていた目が揺らいでいる。
「忘れたのかっ!この前、コイツは剣が抜けなかった!!所詮、剣の抜けない口先だけのエセ勇者だ!!
ムーンサルトは他の仲間を相手にしてる!今なら、こいつ等を痛めつけて人質にとるのは造作もない!!
そうだろ!!?」
後ろの盗賊たちの間から、そうだ、今がチャンスだ、と声が上がる。仲間の盗賊の同調の声に、先頭の盗賊はまたにたぁっと笑った。
明らかに理性を欠いた瞳が、微動だにせずクロミヤを睨めつける。
「俺をバカにしたこと、後悔させてやらぁ。」
しかしクロミヤは、盗賊の脅し文句を聞いても怯むことなく、むしろ、笑みをより濃く深くした。
「それはこっちのセリフです。俺を剣の抜けない口先だけのエセ勇者と呼んだこと、後悔させてやるッ!」
ザッ、とクロミヤは左足を引いた。ベルトから鞘を素早く取り外して、左手で鞘を、右手で柄を持った。
そのまま、クロミヤは姿勢を低く、低くと沈めてゆく。それに、盗賊たちは警戒した。
剣が抜けないだのエセ勇者だのとクロミヤをバカにしていた先頭の盗賊でさえ、一歩、クロミヤから距離をとった。
次の瞬間、クロミヤはカッと目を見開くと、吼えるように言い放った!
「カンショは、焼き芋派だああああああああ!!!!」
そしてそのまま左手に力を込め、鞘を勢いよく引っ張……ったが剣は抜けなかった。
「……………。」
デジャヴ。つい最近もこんなことをしたようなしなかったような。
まぁしかし、この際それは水に流しておくとして、問題は剣が抜けないことだった。おかしい。
たしかにこの前は、このクッサイセリフを叫んで、この剣を引き抜いたは…
「あ。」
クロミヤの脳裏に、ある嫌な記憶が過ぎる。そういえば、あの時カンショ(注:サツマイモのこと)は焼き芋派の情熱を叫ぶより早く、
『…お願いですから死ぬなよッ!!』なんていう思い出しただけで鳥肌が立ちそうな超の100個くらいつくようなクッサイセリフを言……
「ていやっ!」
クロミヤは鞘に入ったままの剣を、先頭の盗賊に叩き込んだ!
ゴンッ、という鈍い音がして、先頭の盗賊が倒れ付す。
2人を囲んでいた盗賊たちが唖然とする中、
「ぴ、ピピコッ、一気に行くぞ!」
「え、ちょ…、う、うっしゃあああ!」
気合一発、クロミヤとピピコは同じ方向に走ると、クロミヤは鞘に入ったままの剣を、
ピピコはいつの間にか構えていたフライパンを、唖然としていた盗賊に叩き込んだ。
ゴンッという音が響いて、二人の盗賊が昏倒する。
「お、お前、卑怯だぞ!!?」
「2人を大人数で囲むような卑怯に卑怯とは言われたくないですね。」
目の前の男に、クロミヤが鞘に入ったままの剣を一閃させる。男が視界の端に吹っ飛んだ、その瞬間。
ドンッ、とクロミヤは左胸を殴りつけられたような気がした。
クロミヤは前を睨んだ。すると、盗賊たちの輪の外、離れた場所に、一人の男が立っていた。
血のように赤黒い髪に、赤と黒を基調にした服。赤と黒の中から覗く白い尾や獣の形をした耳、灰白色の薄い体毛に覆われた肌が目立つ。
「そうだ、俺達は卑怯さ。それが俺達のヤリカタだ。文句あるか、勇者殿。」
男の浮かべる自信過剰な笑みに、クロミヤは嫌悪する。
気に食わない。男に何か言い返してやろうとしたとき、隣で自分の名前を叫ぶ声が聞こえた。ピピコだ。
「五月蝿いですね。なんですか。」
「なにって!!む、胸に…刺さって……」
言われて、クロミヤは先ほど何かに殴られたような気が左胸を見た。そこには、紛れも無く一本の矢が刺さっていて。
「……えっ…。」
音が、全ての喧騒が消えたような気がした。
クロミヤは前を見る。やはり、男は自信過剰な笑みを浮かべていた。
「サヨーナラ、勇者殿」
「お前で最後、なっ!」
ムーンサルトはナイフで突きを放ってきた盗賊の腕を捻り上げると、鮮やかな手並みでその盗賊の鳩尾に拳を叩きこんで昏倒させた。
ふぅ、とムーンサルトは嘆息を吐く。立ち向かってくる敵は全て倒した。
「うっし、これで大丈夫な。ピピコ、クロ…」
言いかけて、ムーサは言葉を止めた。気付けば、クロミヤたちとだいぶ離れた場所にいた。
さらに、早々に逃げ出した数名が、クロミヤとピピコを取り囲んでいて。
「おいおいマジか……」
目を見開く。今まさに目に飛び込んできた光景に、ムーンサルトは絶句した!
ムーンサルトは見た。クロミヤの名前を叫ぶピピコと、弓を持った赤黒い髪の半獣人と、
そして、胸に矢を受けて仰向けに倒れるクロミヤの姿を……
← top →