突然の赤黒い髪の半獣人の登場に、盗賊たちが騒然とする。
「お、お頭っ!?お頭がどうしてここに……。」
「お前らが、ムーンサルトを従えてる勇者がいるっつーから、わざわざ来てやったんじゃん。 なのになんだ、てんで大したことないじゃねーの。」
ケタケタとその赤黒い髪の獣人――ウンゲーゴ盗賊団のお頭・ヴァイパーは笑った。
「しかもコレで女連れかよ。…全く、先が思いやられるメンツだぜ。いや、もう未来サキはない、か。」
ヴァイパーは近くに居た女に目を向ける。
体格はマントに隠れ、顔は目深に被った笠でよく見えなかったが、年はせいぜい15、6といったところか。
若い女、というより、少女と形容したほうがしっくりとくる。
「お頭、あの女、どうします?」
「……ふむ。」
ヴァイパーはそのまましばらく少女の様子を観察する。
勇者の名前を何度も呼びながら、その肩を揺する少女の姿は隙だらけで、戦闘に通じている人間にはとても見えない。
「捕らえろ。素人の女一人、造作もねぇだろ。」
その辺にいた部下に大雑把な指示を出して、ヴァイパーは大きく伸びをした。人一人の左胸に、矢を射た後とは思えないほどの優雅さで。
ガンゴンという鈍い音が立て続けに響く。
「お前ら、その女はムーンサルトへの人質に使う。ちょっとは手加減し……」
ヴァイパーは部下たちと少女の方をちらりと見やって、刹那、目を見開いた。地に倒れ伏していたのは、少女ではない。
少女は――何故かフライパンを構えて――地に足をつけて立っている。
部下の盗賊団員たちが、少女から距離をとる。少女から距離をとらないのは、殴られて、気絶した二人の部下のみ。
「おいおい、確かに俺達は逃げるが勝ちの盗賊稼業を生業としてるが、仮にも男だろ。素人の女にやられててどうする。」
言ってヴァイパーは、少女から距離をとった部下の背中を押した。
多少足をもつれさせながら、しかし、すぐさま体勢を立て直すと、ヴァイパーに背中を押された部下の男は、一直線に少女へと突撃する!
が。

ゴンッ

フライパンが後頭部に直撃する音が鳴って、部下の男が地面に倒れ付す。
「へぇ」
ヴァイパーは目を細める。
「なかなかやるじゃねーの、嬢ちゃん。」
手に持っていた弓を、ナイフに持ち替える。
「少なくとも、そこに寝転がってる勇者殿よりも、手練てだれみたいじゃん。」
「黙れ。」
少女が口を開く。
それは、幼さの残る女の子の声だった。
だがその声には、凛とした、静かな威圧感のようなものがあった。
そしてヴァイパーは、何故かどこかでこの声を――もしくはこの声ととても良く似た声を――聞いたことがあるような気がした。
しかし今はそんなこと、
「どうでもいい。」
ヴァイパーが顔ににやりと笑みを貼り付ける。
「おにーさん、暇なんだけどさぁ…」
その一言で、数人の部下が動いたのを感じる。こちらへ向かってきているであろう、ムーンサルトの足止めに行ったのだ。
「遊んでくれない?」
それに、少女がフライパンを無言で構える。
ヴァイパーは笑みをますます濃くする。
ムーンサルトを相手にする前の肩慣らしには、丁度いい。
ヴァイパーは地を蹴った!
三歩で少女との距離を一気に縮めると、少女の右腕を狙ってナイフを振るう。
金属と金属がぶつかり合う音がして、少女がフライパンでヴァイパーのナイフを受け止める。
しかし、力の差は歴然としていた。ヴァイパーが手に持つナイフに力を込めると、徐々に、少女とナイフの距離は縮まる。
「………?」
ふと、ヴァイパーはおかしなことに気付いた。
押されているのにも関わらず、少女は、片手だけでフライパンを支えている。
「!!」
直後、優勢だったはずのヴァイパーは、少女から大きく間合いをとった!
ヴァイパーの服の腹の部分が、はらりと横一線に裂け、薄っすらとだが、血が滲む。
しかし、その怪我を気にする余裕もなく、ヴァイパーは素早くナイフを振るった。
ガキン、という金属音がして、弾いた小型のナイフが地面に刺さる。
ヴァイパーの額を、つ、と冷たい汗が伝う。
少女が、マントの内側に隠していた小型のナイフを、抜き放つと同時に一閃させ、 さらには間合いをとるべく後退したヴァイパーに、容赦なく投げナイフの追撃を加えたのだ。
ヴァイパーは、少女が踏み込んで来る前に右手のナイフを少女に向けて、牽制しながら、強引に体勢を立て直す。
顔には、余裕を含んだ笑みを貼り付ける。

『どんな時でも弱みを見せるな。頭の窮地は仲間に敵への恐怖心を植えつける。』

数年前まで、頭として、ウンゲーゴ盗賊団を引っ張っていたお袋が、幼い頃からヴァイパーに叩き込んできた言葉だ。
ヴァイパーは親に忠実な息子ではなかったが、この言葉には忠実に生きてきたつもりだ。
「いやぁ、油断したぜ。強いね、嬢ちゃん。」
ヒュー、とわざわざ軽く口笛まで吹き、自分の余裕を誇張する。
それに、実はこの余裕はまんざら虚勢というわけでもなかった。
先程こそ油断をしていて少女に遅れをとってしまったが、しかし、ヴァイパーはまだ本気を出していなかった。
「今度は、ちょっとばかし本気で行くぜ。」
先手を打ったのは少女だった。
マントの内側にフライパンを仕舞うと、二振りのナイフを取り出して、迷うことなくヴァイパーの懐に突っ込んできた!
ヴァイパーは、それを横にステップを踏んでかわすと、少女の後ろに回りこみ、腕を狙ってナイフを振るう。
しかし、ある程度予測済みだったのか、少女は突っ込んできた勢い乗って前へ踏み出し、流れるような動作で体を反転させて、迎撃の構えをとる。
ヴァイパーは目を細めた。
それは感心だった。
ヴァイパーは、引き際こそちゃんとわきまえているが、盗賊にしては珍しく好戦的な部類だ。
だが、半分は獣人の血を引いているヴァイパーにとって、人間相手の戦いの大半は、つまらないものだった。
その上、最近はヴァイパーの副業である裏賞金首の暗殺の依頼も、歯ごたえの無いものばかり。
いい加減、刺激の無い日常に飽き飽きしていたのだ。
ヴァイパーにとって少女とのこの戦闘は――生かして捕らえるというハンデのあるせいかもしれないが――、 無味乾燥な日常における久方ぶりの刺激だった。
もう少し、実力を出してもいいかもしれねぇ。
ヴァイパーは口元にうっすら笑みを浮かべると、力と速度を加えたナイフの一撃を、少女目掛けて振るった!

ガキィン

甲高い金属音が響き、ヴァイパーのナイフは片手剣に受け止められていた。
その押し返す力は、少女のもととは比べ物にならないほど、力強い。
「テメェ。」
ヴァイパーの声と顔が、憎悪に染まる。
少女を自分の背後に回して、その男は、壁か何かのように、ヴァイパーの前に立ちはだかっていた。
薄手のロングコートの下から覗くチャラチャラとした腰の装飾品、 月光の青さを閉じ込めたようなツヤのある髪、思わず盗んで物にしたくなるようなターコイズブルーの瞳、 俺よりも僅かにデカい身長。
その全てがヴァイパーの神経を無性に逆撫でる。
「久しぶりだなァ、ムーンサルト。」
部下の盗賊を昏倒させ、あるいは振り切り、 少女との戦闘に割り込んできた男に、ヴァイパーは憎悪をたっぷりの挨拶をぶつけた。




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